出だし途中から

昭和43年11月08日 夜の御理解


  (途中から)
 おかげというものは、私共が予想しておるような、また私共が願っておるような事ではないのですね。これはもう本当のおかげというのは、もう思いもかけない「    」。ね、いわば当てにしてなかったところ、そういうところから、もう生まれてくるおかげが本当のおかげです。信心をしておりますとそれを非常に痛切に感ずる事が沢山あります。ですから、その思いもかけないという。
 その事になる一つの基礎というか、土台というか、そこんところを大事にして行かにゃいけませんですね。自分の思うようになってくる事は、それを有り難い事として、思いようにならない事は有り難くない事として、まあいらんものを扱うような扱い方。そこからあの、本当のおかげが芽を出しませんですね。でそれが、本当に困った結果になったり、後であれもやっぱおかげじゃったと言うて分かるような事じゃ遅いです。
 それはただおかげになるだけ。それがあの、本当にあの、徳になっておかげを頂くというようなおかげの受け方がね、大事。おかげというものは、もう私共の願っておる浅いもんじゃ決してないこと。思いも思いもかけないところにですね、おかげの芽という、おかげの種っていうのは神様は蒔いておってくださるような感じがするですね。いわゆる昔から、一つのこれは理で、真理でもありますね。
 あの、当てしておるものは向こうから外れるとこう言う、ね。だからその当てにしておるところがおかげになるといったようなのは、大したおかげじゃないです。私頂いておるあの御教えの中にも、信心してお願いを致しましても、願うても願うてもおかげにならないという時には、かえって神様の働きが、おかげを受けておる時だと仰る、ね。自分の思いになって行きよらん時には、かえって神様の働きがありよる時だ。信心してお願いをしてからですよ、ね。
 そしてその、思うようになる時には、それは非常に用心しなけりゃいけない時とさえ言われております。思うようなおかげを頂いて行く時には、それは用心しなけりゃいけない時、ね。願うても願うてもおかげにならない時は神様の働きがです、ね、始まっておる時です、ね。そしてそこからです、それこそ思いもかけないようなおかげになった時、初めてそれが真のおかげだとこう言っておられます。
 思う事じゃない、思い以上の。言うならば夢にも思わなかったといったようなおかげに、それが進展してくるおかげを受けられるのが信心です。だからその根本のところの受け方一つです。思うようにならない、そこんところを大事にして行かなければ、おかげはおかげにならんですね。まあ内々ばかりの事ですから、名前を申し上げますけれども。今日はちょうどお昼の奉仕の時に久留米の野口さんがお参りしてみえました。
 それであの、もう他のお届けでしたけれども、ふとその事に触れてお伺いになってきたんです。私もそれを感じて、ほんな事ねーって言うてから、あの、もう本当にあの、共々にその、もう言うなら何年前でしょうかね、6~7年も前になるでしょうか。上の子供が、敏子さんが今が6つでしょうから、六年になるでしょうか。(どなたか→五年って・・・)5年?ああ、話になったでしょう、その話ですけどね。
本当にあの、7年前にあそこの娘さんの明子さんが結婚した 時の話をしておられましたですけどね。もうあの、田園ていう大きなあの、レストランがあります。これは朝鮮人の方の経営ですけど、そりゃあもう、あちらにも玉突き、こちらにも、ジャラン、ジャランというのは何ですか。ね、あの、パチンコですかね。それからあの、大きなレストランなんかをいくつも経営しておられます。
 もう大変な久留米の財閥ですけれどね。そこのコックをなさるようになってから、それから明子さんがあそこへ務められるようになってから、まあ二人が仲良くなられた訳ですけどね。もう本当にあの、もうそれを聞いた時にですね、もうビックリしたって言う訳ですね。もうそれこそ「   」結婚するっち言うたっちゃアンタ、洋服はこう着とるだけのもんだって、どこの誰やら分からん。
 それを先生、この頃あの、青年会があの、久留米でございました時に、家の重安、今日も青年会で来とるハズですけれども。重安さんが、もう本当にお話をしておりますのに。何年前に私が、ここの明子と結婚する時に、ここの野口の親がこういう事を言うたという話をその、しておるって言うんですね。あの、どこの馬の骨とも分からん私をですね、その当時は椛目ですから、椛目にお願いをしてお伺いをさせて頂いたらあの、親先生のお願いをさせて頂いて、お取次ぎの働きの中に起こった事だからね。
 貴方はあの、もう明子の嫁には最適な人だち言うたち、野口さんが。だからね今のというて私現在の親である私が、大体は壱岐の方ですから、その壱岐も色んな事情があって、お母さん達は義理があって、行き来はしとらんと言った様な状態にあったし。野口さんとこでも、もう一番ようやくあの、あの家におかげを頂いておったものの、もうどん底の生活の時でしたから、何かしてやる事も出来ないような状態じゃった。
 しかしその時の事をですね、あのその、重安さんが青年会の時にそげん言うて発表しよりましたが、本当に何処の誰やら、何やら分からない、ただ御神意のままに動かして頂いたんですがね。見て下さい、もう本当にもう、あげな素晴らしい婿になったと言うて、言うておられる訳ですね。あの、始めの間は親戚の者もそんな訳ですから、非常に軽んどったけども、もう最近は親戚の者がですね。
 もう大きなお金持ちさんの、お金持ちで、野口さんの御兄弟でおられる方が、もう本当にあの人の夫婦ばもらいたいちいうとこまで、もうそれが、もうとにかくこの人達夫婦くらい幸せなあれはなかて言うてその、親戚の者は非常にあの、尊重し、大事にしてくれるようになったと。それがあの「みえさん」のいわば「みえさん」の方が後から行きましたがね、みえさんの結婚に繋がりですね。
そして壱岐のあんな、いわばれっきとした家の人であったという事も後から分かって来たんですけども。もうとにかくそこんとこの頂き方ですね。もうその時の事を先生思うてみますと、本当に親戚の者っちゃ、良子達が二人が、夫婦があの立ち会うただけで、私が先生、お願いさせて頂いたらアンタが祭主になってから。アンタ方の御神前で神前結婚しなさいて親先生が言われて、もうささやかなお供えさせて頂いて。
 天津祝詞、大祓ば上げさせて頂いてから、お役のいわばあれを、結婚式の言うならば、私にとっては、結婚のお祭であったその、お祭の式を私が仕切らせて頂いて、あの姉さんの良子さんがあの、あの誰の、雄蝶雌蝶の御用をさせて頂いて、もうこげな素晴らしい結婚式っちゃ、もう日本一ち言うごたるその、いわゆる結婚式じゃったて、良い意味ではなくて、ね。
 それが、本当にそこんところを大事にさせて頂いたという事が現在あのようなおかげになってる。これも先日先生、お礼を申し上げなければおられませんて、そこの朝鮮人のお店の方が、もう私も日本に来てからずいぶんな人に会ったし、特にあのレストランのコックなんかというものは、二年も務めるなら良か方だそうですね。それにもう、それはその間に何回も辞めさせて、他所からも引っ張りだこだったんですよね、人物が良いし、仕事がいいもんですから。
 けれども御神意をうかごうてから辛抱せろと言う様な事ですが、もう本当にこの人んごたる人物はおらんて。私はもう本当にもしあの日本の言葉で言うなら自分の子供んごつしとるち言う言葉があるが、この人の事私は子供んごと頼っとるちその、ある方に言われた事を野口さんが聞かれてですね、もう本当におかげを受けたもんであると言うておられましたが。もうそれこそ思いも掛けない所に、おかげがあったと言う事。
 そして先生、まあだあの人達は今からが楽しみでございますもんねち言うておられます。これからどげなおかげになってくるやら分からんち言いよるです。そん時に、どこの馬の骨やら分からん無専門の何とかかんとかと言うて、例えば、ほんなら二人が一緒になると言うて、まあヤーヤー言うといったようなものではなくてですね、もうそれを、ね、とにかく神様にお願いをしてからの事、お取次ぎを頂いてからの事じゃから。
 あんたが明子の為には日本一どこを探してもアンタが、いわば日本一の花婿さんに違いはない。私はそれを信ずるち言うてその、お母さんが言わっしゃった。だからもう本当にこの母親、に対してでも私共が立派な言うならその、おかげを受けなきゃならんという事を分からせてもらい、そん時には信心もなかったけれども、母の信心で、皆さんもご承知のように青年会でまた熱心に信心頂くようになってです。
 おかげを受けておる訳ですけれどもね。信心というものはもう本当に、もう思いもかけないところにあるものです、おかげってのは。それを私共はですね、それの、ただ自分の人情だけで、自分の感情だけでそげんじゃいかん、ああじゃいかんと言うてそれをなら、しょうことなしに、それがそうなって行ったんではもう、ただそうなっているだけでおかげにはならんです。ね、だからそこんところをですね。
私はお取次ぎの働きというものを信じさせてもらえれる信心。そしてその事はどんなにおかげではないように見えてもです、それをおかげにして行かせてもらわにゃいけんということ。それば大事にしなければいけないということ。いやあ、私はほんなこて今日は、野口さんその話をアンタから今聞かせて頂いて、ほんに合楽の誰にもかれも聞かせてやりたいと思うておったと、私が言うて野口さんに話したことでした。
 そしたら今日は松岡さんが見え、高芝さんが見えた。私がその時思うた事でした、それを。松岡さんにも聞かせよう、高芝さんにも聞かせようという、本当に野口さん、その事はのうや。私は貴方がそん、話変わる時に、はあこの人はほんに新米という事は覚えておりませんでしたけども、以前あげんじゃった、あげんじゃったという事を思うてから。それがねあの、ただおかげになって来たじゃいかんて、徳にならなければ。
 それにはそこんところば、もうそのくらいに大事にしとかなければね、いわゆるね、思うように例えばならなかったと。思いを、自分、親の思い通りじゃないという、その事をです、ね、最高のおかげとして頂いておられるという事です。これはもう野口さんの言葉を持ってするなら、こげな事じゃなかです。今日話あった、聞きなさったでしょうが、そん位な事じゃなかですもんね。
 もうそこんとこのおかげの実感て始めから頂いておられたという事ですね。私金光様の信心はすべてがそうだと思うんです。それを何とか、かんとか、もうほんにどうしてスッキリしたら信心頂いとる事っちゃろうかと思うぐらいにあるです。だから、これはその、子供達の事やら結婚式の事やらの事じゃありませんです。もうあの、全ての点においてそうです。おかげというのは、どこに潜んでおるやら分からん。
 それが、目の前には困った事のように見えるけれども、その事を大事にして行くというおかげですね。ですから、いうならば思いの反対、思いの反対になって行くようですけども、それが思いもかけないように、いわば今から野口さんが、あの人たち夫婦を思うてみてから、夢にも思わないようなおかげになっておるという事実なんです。ね、それを私は真のおかげだという風に思うんですよね。
 いわば、当てにしたものは向こうから外れる。あげんありますように、こげんありますように。はあちょうど思うたごとなりましたというようなおかげなら、それは本当のおかげじゃない。神様のおかげというものは人間のそんな浅い考えから出発するもんじゃないて。ね、本当にお願いをさせて頂いておってそこから起きてくること。その事を大事に大事にさせて頂くという信心を、日頃いかに頂いておかなきゃならんかと。
 お願いして思うごとなることば、おかげのごと思う事はね、それは浅いおかげ。本当のおかげじゃない、真のおかげと言うのは、私共思いもつかないところに隠せられておるのです。ならそれもです、なら、からと言うて、それをしだごだで、おかげにして行った分ではもう絶対本当のおかげにはならんて。ね、そこんところの頂き方が本当におかげと頂けて、ね、行くところの信心とでも申しましょうかね。そうして先生それから・・・